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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)14808号 中間判決 1987年5月08日

原告

井上淑子

外八三名

右原告八四名訴訟代理人弁護士

尾崎行信

桃尾重明

原田進安

松尾眞

河原勢自

難波修一

右訴訟復代理人弁護士

野村憲弘

被告

アビアシオン・イ・コメルシオ・エッセ・アー

右代表者代表取締役

ナルシーソ・アンドレウ・ムステ

主文

日本国裁判所は本件訴につき裁判権を有する。

事実

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別紙原告別請求額一覧表E欄記載の金員(同欄中に「小計」の記載のある原告についてはその小計の金員、以下AないしD欄についても同様)並びにその内のA欄及びB欄記載の金員については、昭和五八年一二月七日から、C欄及びD欄記載の金員については、昭和六一年四月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求原因

1  当事者

原告らは、別紙被害者目録記載の被害者(以下「本件被害者ら」という。)と同目録の「原告の被害者との関係」の「続柄」欄記載のとおりの身分関係を有する者である。

被告は、航空機による有償の旅客、手荷物又は貨物の運送等を業とするスペイン法の下で設立された法人である。なお、被告の株式の六七パーセントをスペイン政府が所有し、その三一・五二パーセントを分離前相被告イベリア・リネアス・アエリアス・デ・エスパニア・エッセ・アー(以下「イベリア航空」という。)が所有している。

2  本件事故の発生

(一)  昭和五八年一二月七日(スペイン現地時間、以下同じ。)に、本件被害者らの搭乗したイベリア航空第三五〇便機(ボーイング七二七型旅客機、以下「イベリア機」という。)は、スペイン、マドリードのバラハス空港(以下「本件空港」という。)からローマに向けて飛行すべく、同空港の別紙事故説明図(以下「図面」という。)記載の赤線の経路に従つて進行し、同日午前九時三三分頃に、図面中の〇一から一九に至る滑走路(以下「本件滑走路」という。)に進入し、同三七分頃に離陸の態勢に入つた。

(二)  他方、被告の運行する航空機一三七便機(以下「アビアコ機」という。)も、同日午前九時三三分頃、本件空港からサンタデンタル(スペイン北部の都市)に向けて飛行すべく、図面青破線の経路に従つて進行すべきところ、誤つて実際には青実線の経路に従つて進行し、本件滑走路に進入してしまつた。

(三)  イベリア機は、同日午前九時四五分頃、本件滑走路を時速約一二〇キロメートルで進行したところ、同滑走路に進入してきたアビアコ機を発見し、衝突を避けようとして逆噴射したが間に合わず、アビアコ機に衝突した。その結果、両機は大破して炎上し、本件被害者ら全員が死亡した。

3  被告の責任

本件空港は、昭和五八年一二月七日午前九時頃、折から発生した濃霧のため、視程一〇〇メートル程度、滑走路視距離二五〇メートル程度であり、霧の動きの状態で場所及び時間によつては視界は数メートルから数十メートルという状態で、極めて視界が不良な状態であつた。また当時、本件空港には地上レーダーの設備もなかつた。このような状況の下では、被告はアビアコ機の就航を中止すべき注意義務があり、また、少なくとも、官制官の指示に従つて本件空港内を滑走路に向けて進行するときは、その指示を忠実に守るべき注意義務があるところ、これらの義務を怠り、進入禁止の表示のある図面記載のJ―1誘導路に進入し、更に誤つて本件滑走路に進入して本件事故を発生させた。

したがつて、被告は、原告らに対して、右重過失により発生させた本件事故から生じた後記4の損害を賠償する義務がある。

4  原告らの損害

(一)  相続分

本件被害者らの逸失利益、物損(本件被害者らが所持していた現金等の所持品を失つたことによる損害)、精神的損害は、それぞれ別紙被害者別損害額一覧表の各該当欄記載のとおりの金額を下らない。

そして、原告らは、本件被害者らの相続人であり、右損害についての損害賠償請求権を被害者目録の「相続分」欄記載の相続分の割合に応じて相続した。その結果、原告らが相続した損害賠償請求権は、別紙原告別請求額一覧表A欄記載の金額である。

(二)  固有の損害

(1) 精神的損害

本件事故によつて原告らが受けた精神的苦痛を金銭で評価すると、その額は、別紙原告別請求額一覧表B欄記載の金額を下らない。

(2) 葬儀関係費用

原告らが支出した葬儀関係費用は、別紙原告別請求額一覧表のC欄記載の金額を下らない。

(3) 弁護士費用

原告らは、本件損害の賠償請求をするために、弁護士に依頼して本件訴訟を行うことを余儀なくされ、それぞれ右(一)並びに(二)の(1)及び(2)の損害の合計額の一〇パーセントに相当する金額を弁護士に報酬として支払うことになつた。その額は、別紙原告別請求額一覧表のD欄記載の金額である。

5  よつて、原告らは、不法行為に基づく損害賠償として、被告に対し、別紙原告別請求額一覧表E欄記載の金員並びにそのうちA欄及びB欄記載の金員については、損害発生の日である昭和五八年一二月七日から、C欄及びD欄記載の金員については、本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月一一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

理由

一本件訴は、スペインのバラハス空港(本件空港)において、イベリア機とアビアコ機が衝突した事故について、イベリア機に搭乗していて右事故により死亡した乗客(本件被害者ら)の相続人であると主張する原告らが、スペイン法に基づき設立されスペインに本店を有する被告に対し、損害賠償の請求をするものであることは、弁論の全趣旨及び訴旨自体から明らかであるから、本件訴についてはまずわが国の裁判所が裁判権を有するか否かが問題となる。

二そこで、以下、右の点について職権をもつて判断する。

このような外国法人を被告とする民事訴訟についての国際裁判管轄については、これを直接規定する法規もなく、またよるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立されていない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正、迅速を期するという理念により条理に従つて決定するのが相当である。

そして、わが国民事訴訟法の国内の土地管轄に関する規定に定められている裁判籍のうち、同法二条、四条、五条、八条及び一五条等の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、わが国の裁判所に裁判権を認めるのが右条理に適うものというべきである。

また、わが民事訴訟法二一条の規定する併合請求の裁判籍がわが国内にある場合において、わが国の裁判所に裁判権を認めることが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという右理念に合致する場合には、わが国の裁判所に裁判権を認めるのが右条理に適うものというべきである。

三本件では、原告らは、被告とイベリア航空とを共同被告として、訴を提起したものであるが、弁論の全趣旨によれば、イベリア航空の営業所が東京都千代田区有楽町一丁目八番一号日比谷パークビル九階に存在することが認められ、イベリア航空については、わが民事訴訟法四条の普通裁判籍が日本国内に存在する。また、弁論の全趣旨によれば、本件被害者らが、イベリア機による運送を含む国際運送契約(出発地及び到着地は共に日本であるが、チューリッヒ、パリ、マドリッド等を経由地としている。)を日本において締結したことが認められるから、イベリア航空については、「国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約」(ワルソー条約)二八条による裁判権が日本に存在する(なお、民事訴訟法二一条の定める同法一条ないし二〇条の規定以外の原因によつて一の請求についての管轄権が認められる場合にも、右二一条の適用があるものと解される。)。

そして、原告らのイベリア航空に対する請求と被告に対する請求は本件事故という同一の原因に基づく損害賠償請求であるから、被告に対する訴についてわが民事訴訟法二一条の併合請求の裁判籍が日本国内にあることを肯認することができる。

四そこで、本件訴について、右併合請求の裁判籍を根拠にわが国の裁判所に裁判権を認めることが、当事者間の公平・裁判の適正・迅速を期するという理念に合致するか否かについて以下検討することにする。

1(当事者間の公平について)

まず、イベリア航空に対する請求と被告に対する請求とは、本件事故という同一の事実を原因とするものである。そして、被告に対する訴についてわが国の裁判所に裁判権がないとするならば、原告らはイベリア航空に対する訴とは別に、被告に対する訴をスペインにおいて提起せざるをえないことになるが、同一事故を原因とする訴訟について別々に訴を提起しなければならないとするのは、原告らにとつて負担が著しく大きい。これに対し、被告がわが国において応訴を余儀なくされることにより相応の不利益を受けることは否定できないとしても、原告らの右負担に比して、なお受忍すべき程度の不利益というべきである。そうすると、当事者間の公平という観点からは、本件訴についてわが国の裁判所に裁判権を認めるのが妥当である。

2(裁判の適正について)

イベリア航空は、原告らの訴に対して、請求棄却の判決を求め、イベリア機が本件空港の管制官の離陸承認の指示に従つて本件滑走路を進行中にアビアコ機が同滑走路に進入したために本件事故が発生したものであつて、イベリア機は、本件事故発生を避けるために必要な、とりうる全ての措置をとつたのであるから、責任はないと主張していることは当裁判所に顕著な事実である。そうすると、イベリア航空に対する請求と被告に対する請求とを別々の裁判所で審理・判断した場合には、本件事故の発生状況(イベリア機とアビアコ機の衝突状況等)並びにイベリア航空と被告の過失の有無及び過失の程度について、裁判の矛盾・抵触が起きるおそれがあり、裁判の適正という観点からは相当ではないことは明らかであり、右の点について統一的な認定・判断を行う必要性が大きいといわなければならない。

なお、本件事故はスペインにおいて発生したものであるから、本件事故の原因、態様に関する証拠が専らスペイン国内に存在することは容易に予想しうるところであるが、本件事故の発生状況・被告の責任の有無及びその程度について判断するうえで必要となることが予想される証拠のうち、スペインにおいてのみ取調が可能であり、原告ら、被告及びイベリア航空が当裁判所に提出できない証拠が存在するとは考え難いところであるし、場合によつて司法共助によりスペインにおける証拠調を嘱託することも可能である。また、原告から証拠としてスペイン政府の運輸・観光通信省民間航空局事故調査委員会作成にかかる技術報告書が提出されており、これによつて本件事故が生じた状況、その原因及びその結果等は明らかになるものと考えられる。そうすると、本件事故についての証拠がスペインに存在することは、わが国の裁判所が本件訴についての事実認定をするうえでそれ程重大な支障を来たすものではない。

更に、わが国の裁判所において本件訴を審理した場合に不法行為についての準拠法としてスペイン法を適用するという事態も予想されるが、わが国の裁判所がスペイン法を適正に適用することは必ずしも困難なことではない。

したがつて、裁判の適正という観点からも、本件訴についてわが国の裁判所に裁判権を認めることは必ずしも不相当ではなく、イベリア航空に対する請求との統一的な認定判断を行うためには、むしろわが国の裁判所に裁判権を認めるのが妥当である。

3(裁判の迅速について)

本件事故の原因については、スペインにおいて証拠調を行つたほうが迅速な審理を期待できるということがいえるとしても、原告らは多数であり、その損害額については、原告らが住所を有するわが国で証拠調を行つたほうがはるかに迅速な裁判を行うことができる。

以上1ないし3の検討のとおり、本件訴についてわが国の裁判所に裁判権を認めることは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に十分合致するところである。

五したがつて、本件訴については、わが民事訴訟法二一条の併合請求の裁判籍が日本国内にあることを根拠に、わが国の裁判所に裁判権を認めることが条理に適い相当である。

六よつて、わが国の裁判所は本件訴につき裁判権を有することになるから、主文のとおり中間判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官氣賀澤耕一 裁判官都築政則は、転補のため署名・捺印できない。裁判長裁判官矢崎秀一)

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